私は実家暮らしですが、7年前から認知症の祖母と同居しています。

 

私は仕事があるため、介護にはほとんど参加できず、母と姉が協力して祖母の介護をする毎日です。

 

ここでは、この7年間で私が見たり、体験した内容をありのままに書き記しておこうと思います。

 

認知症の症状とは、どんな方にも共通している部分が多いと聞きます。

「認知症」とはどんな病気なのか、「認知症」になってしまうと、人はどうなるのか、よくご存じない方も多いと思います。

 

この記事で、少しでも認知症という病気を共有できればと思い、執筆させていただきます。

 

 

 

天使にも悪魔にもなる祖母

私の祖母は、70代後半から認知症を発症しました。

それまでの祖母は大変優しく、他人の悪口なんて絶対に言わないし、働くことが好きで、何でも一人でできてしまうような人でした。

 

私は今20代後半ですが、小さい頃からよく世話になり、とても尊敬していました。

 

 

しかし、認知症という病気は本当に恐ろしい病気だと私は考えています。

 

祖母は認知症になったことで、性格がかなり変わってしまいました。

いや、正確に言えば、昔のようにやさしい祖母と、まるで悪魔のような怖い祖母が交互にやってくるような感じです。

 

祖母の認知症は、毎日ずっと悪魔のような人格となっているわけではなく、そうなるのは病気の発作が出ているようなものであり、天使のような優しい状態である時間も存在しています。

 

ただ、7年前に比べると、天使でいる時間がだんだん少なくなってきたような気もします。

 

本人は、悪魔の人格となっているときを全く覚えていないので、私たち家族も、その不満を本人に訴えたくても言えません。

 

10秒間に1度、同じことを聞いてくる

 

 

大袈裟ではありません。本当に、10秒くらい経つと、全く同じことを聞いてくることがあります。

 

大体時間にして、10秒くらい前に話した内容を覚えていません。

食事中なんかも同様で、10秒前に食べたものを覚えていません。

 

たとえば、これはかわいい話ですが、こんなことは頻繁にあります。

 

あれ、私のお皿だけお肉が入ってない!〇〇(姉)の皿には沢山入っているのに!

 

なんて会話がよくあります。

祖母は好きなものから食べていく習慣があるようなのですが、先にそれらを食べてしまい、すぐ食べたことを忘れてしまうので、最初から自分の皿には肉が入っていなかったと思うようです。

 

このようなことから、食事中に祖母の気分が悪くなってしまうこともあります。自分だけ意地悪されていると思ってしまうのでしょう。

 

 

あとは、病院へ行くときも一苦労があります。

祖母の保険証や、診察券などは、紛失してしまわないよう、姉や母が管理しているのですが、10秒おきくらいで、こんなことを言います。

 

あれ、私の保険証と診察券がない!困ったわ

 

そのたびに、姉や母が管理しているから大丈夫、と伝えるのですが、また10秒くらいすると、自分の鞄をゴソゴソ探し出すのです。

 

財布やお金を盗まれたと騒ぐ

 

私たち家族にとって、精神的にこれが一番つらいかもしれません。

 

閉まっておいた財布やお金がなくなった!」と騒ぎ出すのです。

 

もちろん、誰も触っていないので、箪笥や仏壇の中へ自分で隠してしまっているわけですが、本人はそれを忘れているので、こうなります。

 

私が一番つらかったのは、祖母から泥棒扱いされたときですね。たまにあります。

 

〇〇!(私)、どうして私のお金を持っていくの?私の箪笥を触らないでくれる?

 

というのです。しかもすごく悲しそうな顔をして。

 

7年前の私なら、「財布なんか触ってない!泥棒扱いすんな!」と言っていたかもしれませんが、今はそんな気力もなく、とにかく祖母を落ち着かせなければならないので、

 

大丈夫だよ。僕はお金に困っていないから。ばあばのお金なんて当てにしてないよ!

 

と元気づけるようにしています。

 

祖母は昔から、孫である私や姉が立派になることを楽しみにしていたところがあったので、上のように伝えると、どうやら安心するようです。

すると、

 

あら、立派になっちゃって。偉いわね!

 

なんて言ってくれるのです。さっきまでの怖かった祖母はどこへやら?と思ってしまいます。

 

 

汚れた下着を箪笥に隠す

 

80を過ぎると、人間は色々と衰えもするので、祖母もたまに粗相をすることがあります。

すると、汚してしまった下着を自分の箪笥や仏壇の中へ隠してしまうのです。

 

母が定期的に(1日に3回程度)祖母の部屋の中を掃除、確認をすることで発見します。匂いで発見することもあります。

 

祖母が部屋にいるときは、私たちが勝手に入っていこうとするとパニックになるので、姉が祖母を風呂に入れている間に、母が必死で探すわけです。

 

部屋の掃除や換気も、祖母がいない間に済ませてしまいます。

 

夜はほとんど寝てくれない

 

祖母には時間の感覚がありません。年のせいもあるでしょうが、病気により鈍くなっているのです。

今が朝なのか、夕方なのか、夜なのかが判断できないのです。

 

そんため、真夜中でもテレビを付け、電気を明るくし、探し物をしています。

 

もう夜の1時だから、明日みんな朝早いから、寝てね

 

と母が言うのですが、それもむなしく、全く言うことを聞いてくれません。

 

ですが、そうしている間に万が一祖母が転倒したり、暗い廊下を歩いて体をぶつけてしまったりしないよう、母が午前3時くらいまで起きて見守っていることも多々あります。

 

翌日、というかその日ですが、午前7時くらいには母は起床し、朝食の準備を始めるので、睡眠時間はほとんどないです。

 

私は祖母よりも、母の体の方が心配になっています。

 

極端に外出を嫌がる

 

昔の祖母であれば、「外に食事でもしに行かない?」と誘えば、笑顔で一緒に来てくれたのですが、今はまったくその気がありません。

日光を浴びるために、庭へ連れ出そうとするのですが、それすら嫌がります。

 

一番大変なのが、病院へ行く日です。

 

祖母は昔から体が弱く、いくつもの科にかかっています。ですので、月に何度も病院へ行くことになります。

 

ですが、病院へ行くことを伝えると、「私は病院へなんか行かない!」の一点張りで、着替えてくれません。

 

そして、病院へ行っている間に財布や財産を盗まれると思うのか、財布やお金を一生懸命に箪笥や仏壇の中へ隠そうとし始めます。

 

じゃあ好きにすればいい!困るのは祖母なんだから」というわけにはいきません。

 

祖母は常備薬を飲まないと、生きてはいけません。

 

ですので、私たち家族は試行錯誤した結果、毎回様々な作戦を立てて祖母を外へ連れ出すようにしています。

 

そして、祖母が病院へ行っている間に、布団を干したり、部屋を掃除したり、隠した下着がないかなどを協力して行うわけです。

もしも、掃除の途中で帰ってきてしまうと、大変なことになってしまうので、これがまた時間との勝負なわけです。

 

感謝と悲しさと怒りが混じった複雑な感情

私たち家族も人間です。感情があります。認知症だから仕方ないとわかっていても、どうしても怒ってしまうときもあれば、悲しむこともあるのです。

 

ですが、7年同居する中で、学んだこともあります。

 

祖母がまるで発作のように悪魔の人格となっているときは、とにかく祖母を褒めたり、安心させることに集中します。

 

すると、ケロッとそれまでのことを忘れて、笑顔に戻るときも中にはあります。(戻ってくれないときも多々あります。)

 

文章で書くと簡単な取り組みに思えますが、ここまで来るのに、かなりの葛藤がありました。

 

 

認知症の祖母や親の介護とは、お金をもらって仕事として他人の介護をするものとは違います。仕事だからといって割り切ることもできません。

仕事は辛くなって転職することもできますが、肉親の介護は辞退することはできません。

 

「なら、病院に入れればいいよ!そんな苦労はしなくて済む!」と言う意見もあるでしょう。

 

ですが、今では様々な良くない噂を聞きますよね。ニュースなんかでもよく耳にします。

 

私も母も祖母が大好きなので、辛い思いはしてほしくありません。

 

なにより、施設に入れるということは、簡単にできるものではありません。金銭的余裕がなければ不可能でしょう。

 

まとめ

認知症の祖母と7年間同居した中で、感じたこと、学んだことを記事にしてみました。

認知症となった方の性格や、認知症の症状によっても、介護の度合いは大きく変わります。

この記事に書いた内容が、当てはまる方もいるでしょうし、当てはまらない方もいるでしょう。

 

私は認知症の人の介護に、「こうやったらうまくいくよ。」とか「こうすると良くないよ。」なんていう正解は存在しないと思っています。

マニュアルなんてないと思います。

 

「昨日はこの方法でうまくいったのに、今日はもっと酷くなってしまった!?なんで?」なんてことは毎日あります。

 

認知症の方の性格、病気の症状、気分、体調、様々な要因が複雑に絡み合って、悪魔にもなれば、天使にもなる。

 

誰かに同意してほしくて書いているわけではありません。人それぞれだと思います。

 

私は、一生懸命に祖母の介護をしている母と姉に大変感謝をし、尊敬しています。

 

自分自身がいつか認知症になってしまった場合、誰かに同じように介護してほしいなぁ、なんて考えているこの頃です。