『なんだか人生回り道ばかりしている。どうして上手くできないのだろう。。才能がないのだろうか。』
こんなお悩みを抱える方は多いです。
では逆にお聞きしますが、人生の回り道って本当にダメなことですか?
この記事を読み終わる頃には、「人生回り道=ダメなこと」という認識が変わっていることと思います。
- そもそも人生の回り道とは何か
- 人生の回り道をもっとするべき理由
- 人生回り道をしても「足跡」は残すべき話
目次
そもそも人生の回り道って何?【回り道の定義】
そもそも人生の回り道って何でしょうか。パッと思い浮かびますか?人生というキーワードが付くから難しく思いますが、簡単な例で考えてみましょう。
小学生くらいの子供って、学校から家までの下校中、まっすぐお家に帰る子もいれば、わざと遠回りする子もいますよね。近くの公園に寄ったり、友達の家に寄ったり、近所の犬と遊んだり。。
本来なら学校から自宅までの通学路、つまり最短ルートで帰るのが一番早いし安全です。でもそれだとすぐお家に着いてしまいつまらないので、子供は遠回りしたくなるのですよね。これが回り道です。
これを人生に置き換えてみるとどうでしょう。
目的達成まで最短ルートで進む人もいれば、そうでない人もいます。目的達成までにより多くのことを経験するでしょう。
つまり人生における回り道とは、目的を達成するまでに必要以上の時間をかけ、より多くの事にチャレンジすること、と言えそうです。
人生で回り道はもっとするべき!【回り道して人は成長する】
誰にも叶えたい夢があって、達成したい目的があるはずです。それが実現するのは当然早い方がいいですよね。そのため一生懸命努力するわけですが、それでも結局回り道になってしまう、、ということはよくあります。
このとおり、一見すると回り道は良くないもの、と考えてしまいますが、回り道はもっとするべきだと僕は考えます。その理由は、回り道することで人は大きく成長するからです。
人生で回り道をするメリット【たとえ話】
小学生が下校途中で回り道をする例で考えてみましょう。
回り道すると時間も遅くなるし、外は暗くなって不安になりますが、回り道することで得られるものもあります。
普段とは違う道を歩くことで、意外な発見があったり、人との出会いがあったり、動物とのふれあいがあったりと子供を成長させる要素がたくさん隠れています。友達との絆を深めることもできます。
今は残念なことに物騒な世の中なので、完全に暗くなるまで回り道するのは危険ですが、少々の回り道は大いにアリだと僕は思います。
今度は人生で考えてみましょう。そうですね、、就職活動を例にしてみます。
例えば、大学からの推薦状をもらうことで、ほぼ確実にその企業に入社することができます。僕の経験上、推薦をもらって不採用、という人はあまり聞いたことがありません。つまり、就職活動をほぼやることなく内定をもらえるのです。
反対に、推薦状をもらうことなく自由応募で何社も受け、たくさん不採用通知をもらっても、最終的にやっと内定をもらう人もたくさんいます。
この両者を比較したとき、どちらがより成長できたと思いますか?
あくまで僕の偏見ですが、後者の人がより成長したと僕は思います。理由は、何社も受け、その度にどうすれば内定をもらえるのか考え、ブラッシュアップを重ね、挫折を味わい、乗り越えてきているからです。こうして入社した社員はなかなか打たれ強いと思います。
そもそも就職活動とは、内定をもらうことも目的ですが、活動そのものに大きな意味があると僕は思います。学生から社会人へと成長するために必要なステップなのです。
たいして就職活動をせずに就職活動を終えた方からすれば、いくつも不採用通知をもらい、内定まで多くの時間を要した方は「回り道」をしていると思うかもしれませんね。
でも、その回り道自体に意味があると、僕は思うのです。
【重要】人生の回り道はアリだが、「足跡」はしっかり残すべき
ここまで人生の回り道は大いにアリだと、むしろ回り道をするべきだと話してきました。ですがそれは、回り道をした結果、そこから得るものがあった場合の話です。
逆に言えば、まったく得るものがなかった、、というより得ようとしなかった方がしてきた回り道は本当にムダです。
例えば、人生で回り道をしたと思っても、次のように記憶に定着させ、足跡を残しておくべきです。
- 成功体験から得たものは自分の糧とする
- 失敗体験から得たものは戒めとして教訓にする
どんなに回り道をしても、このようにしっかりと足跡を残し、自分がこれまで何をしてきたのか、何が良かったか、何がダメだったかをしっかり記憶に定着させましょう。
こうすることで、回り道がすべてあなたにとって糧となります。つまり自分自身を成長させることができた、ということです。
反対に、なんとなく生きていて、色々なことをやって時間やお金を費やしてきたけど、今となってはよく覚えていない、、という方もときどきいますが、回り道として完全にNGなケースです。
回り道を気にせず今できることを継続する【回り道は結果論】
それでもやっぱり回り道は嫌!最短ルートで目的を達成したい!という方もいるでしょう。
ですが、そもそも自分がやってきた行動が回り道だったと気づくタイミングっていつでしょうか。思うに、目的を達成できた後ではないでしょうか。
それでこれまでの行動を思い出し、「ああ、回り道だったな」とか、「もっと上手くやれたはずなのに」とか考えるわけです。
つまり、回り道かどうかなんて結果論なのです。目的を達成して初めて考えれば良いのです。
ということは、目的を達成する前から回り道について考えるのはちょっとばかばかしくないですか?
きっとあなたは今できることを必死でやっているはずです。それでいいと思います。結果的にそれが回り道だったとしても、その回り道自体に意味を見いだせれば、何の問題もありません。むしろ目的を達成するだけでなく、回り道したことで多くの知識を増やせたと考えれば、良いことづくめです。
まとめ
回り道なしの人生は最短コースとは言えますが、面白みがなく、細く弱い人生であると僕は考えます。もちろん目的達成が早い方が良いかもですが、回り道をたくさんして人間的に大きく成長できた人ほど魅力的に感じます。あくまで僕の偏見なのであしからず。